堀内法律事務所のブログ「止まり木」にようこそ。

当ブログでは、事務所のスタッフ(+α)が、身近な四季の風景や、思い出の風景、 おすすめの本の紹介などを綴りながら、 ここでちょっと羽休めをしております。

お時間がおありでしたら、止まっていってください。

さすらいの天使

 1945年ベルリンに生まれたミヒャエル・ゾーヴァのイラストは非常にユーモラスで幻想的で、不思議な楽しさに満ちている。作家が自ら認めているごとく、ジャンルとしては風刺画に属し、どれも見ると思わずシニカルな笑いがこみ上げてくる。
 だがそれだけではない。何故か物語が浮かんでくるのである。イラストに描かれているのはネコやブタやウサギなど動物が多いが、下のように人間が描かれているのもある。

 この絵を見ながら人はどのようなストリーを展開させるのだろうか。私が想像したのは以下のとおり。題して「さすらいの天使」。
 たった一枚の絵ハガキで半日も楽しませてもらった。よかったら時間潰しにどうぞ。

さすらいの天使01

 一人の美しい若者が死にました。善良だったので、すぐに天国に招かれました。神さまの前に立ったとき、
「私には恋愛の経験が一度もありません。せめて一目だけでも愛する女性の顔を見たかったです」
と、端整な顔をしかめて言いました。

 その様子があまりにも哀しげだったので、神様は不憫に思われ、
「それではそなたにチャンスをあげよう。もう一度下界に戻って、希望を叶えてきなさい」
 そう言われると、側で仕えている天使に羽の付いた衣装を持ってくるように命じられました。
「これを使いなさい。時空を超えてすぐに下界に戻れるし、風に乗ってどこにでも行けるから、女性を見つけ出すのに便利であろう」

 若者は大喜びで着替え、お礼を述べると、すぐさま飛び降りていきました。若者の脱いだ服の横に百合の花が一輪落ちていました。それを拾われた神様は天使に訊ねられました。
「もしやあの衣装は昔ガブリエルが着ていたものか?」
「はい。マリア様にご懐妊を告げに行かれたときのお衣装です。羽がだいぶ消耗して小さくなっておりましたが、まだ十分使えます。姿かたちがガブリエル様とよく似ていらしたので、サイズが合うかと思いお持ちしました」
「ふ~む。それは……」
と、神様は一瞬困った表情をされましたが、すぐに穏やかな顔に戻られ、
「まあ、それも良かろう……」と、百合の花の匂いを吸い込みながら微笑まれました。

 さて天使の姿をした若者は下界に戻り、地上を飛びながら愛する女性を見つけることにしました。
「早く会いたい、どんな女性だろう。きっと愛らしい人に違いない。いや、ただ愛らしいだけではない。身も心も清らかで、気高く、優しく、聡明な女性。そうだマリア様だ! マリア様のような人を見つけよう」

 若者がそう思い込んでしまったのも無理はありません。実は彼が着た衣装にはガブリエルの熱い意気込みがそのまま残っていて、若者の体に乗り移ってしまったのです。
 しかしマリア様のような女性がいるでしょうか?
 世界の果てから果てまで若者は飛び続け、根気よく探し続けましたが見つかりません。いつしか彼の頭は禿げあがり、すっかり中年男になっていました。それでも諦めずに探しまわっていると、ついに中東の牧草地帯に「マリア」という名の美しい女性がいるという情報が入りました。
 急いでその場所に向かうと、何とそこはイスラエルのガリラヤ湖に近い場所でした。丘の上で少女が牧草の手入れをしていました。青のマントがよく似合っています。
「ああ! 灯台下暗しとはこのことだ。まさかこの地にいたとは……」
 ついに出会えた喜びに打ち震え、嬉しくて泣き出したいほどでしたが、男は気持ちを抑え威風堂々と降下していきました。あまりに長くさすらっていたので、その間にガブリエルの想いが体のすみずみまでに浸透し、立派な告知こそがさすらいの使命だと思うようになっていたのでした。
「おめでとう! 恵まれた方。あなたは選ばれました!」
 轟くような大声に驚いて少女が見上げると、白く巨大な物体が自分の方にめがけて近づいています。そして自分を指差しながらまた高らかに叫びました。
「マリア、恐れることはない。あなたは身ごもってわたしの子を産む。その子は偉大な人になり……」
「ちょっとおじさん! 何言ってんの? そんな変な格好して、頭がおかしいんじゃない。私忙しいんだから話かけないで。それに私マリアじゃないし、マリアってうちのホルスタインよ。そこにいるでしょ」
 怒りながら少女が振り向くと、乳牛のマリアはすでに猛烈な勢いで逃げ出してしまっていました。

 何故乳牛は逃げだしたのか? 答えは簡単。何回も出産させられ、もうこりごりだったのである。

カテゴリー: 日枝神社の傍より パーマリンク