堀内法律事務所のブログ「止まり木」にようこそ。

当ブログでは、事務所のスタッフ(+α)が、身近な四季の風景や、思い出の風景、 おすすめの本の紹介などを綴りながら、 ここでちょっと羽休めをしております。

お時間がおありでしたら、止まっていってください。

ご苦労様です!

「これ、何とかならないかな?」
 朝食後、出かける支度をしていた夫がスーツのズボンを差し出した。
見れば右の腰ポケットの端っこが擦れて破れている。いつもここからハンカチを出し入れしている動作が目に浮かぶ。
「クリーニング屋さんで、かけはぎもやっているから直してもらうわ。ついでに上着もクリーニング に出しておくから」
「よろしく」
 夫は別のスーツに腕を通している。
 クリーニングに出す前にポケットの点検に取り掛かる。何か入れ忘れていないか、他にも破けているところはないか、いつもより念入りに調べていると、男性スーツのポケットの多さに改めて気づかされる。何気に数えてみたら、上下で何と十二個もある。
 一体これらをどのように使っているのか、まだ時間の余裕がありそうなので聞いてみた。
「上着の蓋の附いている右のポケットにはいつも何を入れているの?」
「名刺ケース。その中に小さい隠しポケットがあるだろう、バッジとか小銭とか小物を入れるのに便利なんだ」
 左のポケットは聞かずともわかる。薬入れにしているのだろう。飲み終えた空のケースが残っていて、触るとシャカシャカと音を立てる。「飲み忘れ防止」のため放り込んでいるのだろう。ここならすぐに取り出せる。
 その上部の、胸のポケットはネクタイと釣り合うチーフをのぞかせ、これぞ男のお洒落とばかり強調するゾーンだが、お洒落と無縁な夫はメガネを差し込んでいる。
「ダサいわね……」
 次に内ポケットに移る。
「内側の胸の部分についている深めの蓋付きポケットだけど、何を入れているの? ボタンで蓋が閉まるようになってる」
「左には財布、右には手帳だよ」
 まるでスーツ内金庫。でも財布はカードがぎっしり詰まった二つ折りで、手帳は分厚いA6サイズ。これで妙な膨らみが出たり、重たくなったりしないのかな……?
 その手帳入れの下のポケットにインクが少し滲んでいる。ここにボールペンを挟んでいるのだろう。そのさらなる下のポケットは使いにくいのか未使用のようだ。
 最後にズボンのポケットについて聞くと、いつも右の腰ポケットにはハンカチ。左にはスマホ。そして臀部側の右ポケットにはパスモ。左にはキーケースを入れていると、すぐ答えが返ってくる。決めているのだろう。これでしめて十二個。
 女性ならハンドバックに入れるものを全てスーツのポケットに突っ込んでいる。まるで歩くハンドバックだ。
「もう行くからね」と、歩くハンドバッグは慌しく仕事に行った。
 本来スーツのポケットはこのように使うものなのだろうか。疑問に感じてネットで調べてみた。すると驚いたことに、あるサイトに次のように書かれていた。
「お洒落は足下からだけでなく、ポケットからという意識も持っておきましょう。世の中にはスーツのシルエットを保つためにポケットを縫いつけてしまう方もいるほどです。上着のポケットのマナーとして一番重要なのは物を入れすぎないことです。もしまだポケットを膨らませて仕事をしている方がいらっしゃいましたらすぐやめましょう」
 さらに続けて、今はタイト・スリムなシルエットが流行で、ダボッとしたスーツは時代遅れとさえ書いてある。
 そう言えば最近の若者は、ウェストが絞られていて、身体のラインが強調されているスーツを着ている。見た目もスマートで後ろ姿がセクシーだ。きっと彼らはポケットには何も入れず、全てビジネス用のバッグにしまっているのだろう。
pixta_22616750_S 彼らにとっては、スーツもファッションの一環として楽しむものかもしれない。だが、団塊の世代やそれに近い世代のおじさんたちにとっては、時代遅れであろうが、スーツは相変わらず戦闘服なのだ。服が型崩れを起こそうが、シルエットが乱れようが、形振り構わず全て詰め込んで、手ぶらで出かけていく。
 我が夫も然りだが、日々の言動を思い出しながらふと思った。ひょっとしたら夫がポケットに忍ばせているものは、生活のアイテムだけではないかもしれない。この不条理な世界を生きる「やるせなさ」、「悔しさ」、「忍耐」、あるいは「希望」や「ささやかな喜び」といったものも詰め込んで、パンパンに膨らませ、暑い日も寒い日も職場という戦場に向かい続けているのだろう。 
 いやはや、本当にご苦労様です!

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