堀内法律事務所のブログ「止まり木」にようこそ。

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森の散歩

我が家から徒歩十分のところに都立の公園がある。ここはボートに乗ったり、釣りをしたりして楽しむ人口池のエリアと、鬱蒼とした樹木の中を散策できる森のエリアから成り立っている。私が好きなのは森の方だ。

森の入り口には大小二つの沼がある。右側の小さな沼は真ん中あたりに、一本の枯れ枝が突き出している。そこにたまにカワセミがやって来てとまる。水面下に獲物を見つけると、カワセミは電光石火水に飛び込み、瞬時に嘴に咥えて舞い上がってくる。その時広げた羽の翠が海松の水面に映え、眩いばかりの輝きを放つ。小さな沼はこの美しさに魅了され、カワセミが来るのをひたすら待ち焦がれているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

左側の大きな沼は睡蓮の葉で覆いつくされている。破れた葉の間から見え隠れするどんよりしたものは、嘗てここに身を投げたと言われる伝説の輝姫の怨念? なのだろうか。暗く悲しげなこの沼も夏が来て一面に花が咲くと見違えるように明るくなる。

二つの沼を過ぎて、木道をトントンと靴音を響かせながら進んでいくと、樹々の葉が妙に騒がしい場所がある。ドウカエデとハナミズキが並んでいる所だ。おしゃべりな彼女たちは風に吹かれて、朝から晩まで噂ばなしでもちきりだ。
「それで、あなたたちの噂の主は誰なの?」
立ち止まって聞いてみたくなる。秋になり紅葉がはじまると、
今度はお洒落合戦で喧しい。

そして森の中心に来ると、そこには野鳥たちが憩う天然の池がある。池が鏡のように水面に映し出しているのは、高いメタセコイアの木立とその頭上に広がる真っ青な空だ。
その光景から私は目が離せない。その空の更なる上空に、目には見えないけれど、クジラ型の巨大な飛行船が停泊しているように想えるのだ。それは私が描く人生の終焉のイメージを愉快に膨らませてくれる。

この世に別れを告げるときがきたら、私は目いっぱいおしゃれをして飛行船に乗り込んで旅立ちたい。一人ではなく、同じ日に旅立つ人たちと一緒に賑やかに。
飛行船はふんわりふんわり天空を上昇し、次の世界に向かって進んでいくのだ。
補足ながら乗船の際は、メタセコイアの高い樹々が搭乗口へのエレベーターに変わるシステムになっている。
自分の番がいつになるのかはわからない。けれどその時はきっと悲しみも苦しみもないだろう。何故ならメタセコイアの澄み渡った空を見上げる度に、不思議な安堵感と開放感に包まれるからだ。
ところで飛行船の乗客の世話をするのは、誰なのだろうか。それは森に住む野良ネコたちなのではないかと私は夢想する。彼らは乗客を名簿で確認したり、乗船中の諸注意を説明したり、その日は朝からてんてこ舞いだろう。飛行船が空の向こうに消えて見えなくなるまでネコたちの仕事は終わらない。

その日、私はいつものように夕暮れどきに森を散歩した。だがその日は普段とはかなり違っていた。森全体に厳かな余韻が漂い、同時に得も言われぬ喜びに満ちている感じがしたのだ。木洩れ陽もいつにもまして美しかった。

二匹のネコがベンチでくつろいで毛繕いをしていた。私はネコに近づいた。
「今日の業務は全て終了しましたよ」
私を見て茶トラのネコが言った。
「すいませんが明日きてもらえませんか?」
片方のブチネコが毛繕いを止めずに言う。
「あのう……今日は特別なことがあったのですか? いつもと感じが全然違うものですから……」
すると二匹のネコは揃って姿勢を正して、「わかりますか? 本日飛行船であの方が旅立たれたのです」と言った。
「あの方?」
「はい。あの方の旅立ちのお手伝いができるなんて本当に光栄でした」
「あんな方はめったにいらっしゃいませんから……」
二匹のネコは次々にそう言うと嬉しそうにお互い頷きあった。あの方が誰なのか私にはわからないが、きっと素敵ないい生き方をしてきた人なのだろう。
神秘的な雰囲気に浸りながら、私は幸せな気分で散歩を終えた。

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