堀内法律事務所のブログ「止まり木」にようこそ。

当ブログでは、事務所のスタッフ(+α)が、身近な四季の風景や、思い出の風景、 おすすめの本の紹介などを綴りながら、 ここでちょっと羽休めをしております。

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習うより……

小さい頃から私は字を書くのが下手だった。

「こんなに下手なのは、左利きなのを無理やり右利きにしたからかしら……」

と、母は私の字を見るたびにため息をついた。

見兼ねた父が、私を書道塾へ連れていった。小雨の降る日曜日だった。

 

古びた家の、二間続きの和室が教室だった。細長い座り机が中央を開けて、左

右に前後六台ずつ並べてあり、一年生から六年生までの見知らぬ小学生が黙々

と字を書いていた。それは時代劇で見る「寺子屋」の光景にそっくりだった。

前方の床の間の近くに、大きな机が置かれ、厳めしい顔をした老人が、子供た

ちの書いた字に朱を入れていた。その厳めしい顔の老人が、厳めしい表情のまま、

「最初だからね、これをお手本にしなさい」と、「一」と「山」と「川」の字を

書いて渡した。四年生の私に。

 

部屋中に立ち込める墨の臭い、見知らぬわらしたち、古臭いじいさん先生、何

もかも馴染めなかった。寺小屋なんて真っ平だった。

 

「書道塾にはいかない! 何で字を習わなきゃならないの」

「きれいな字が書けるようになるためだよ。字がきれいじゃないと、大人になっ

て苦労するよ」父がなだめるように言った。

「それなら大丈夫だよ。お父さん。大人になったら手も大人になるんだよ。大人

の手で書くんだから、字だってちゃんとした大人の字になるもん!」

父は私の顔をまじまじと見つめ、大きくため息をついた。

 

時が流れ私は大人になった。手も確かに大人になった。だが当然私の字に変化

は起きなかった。

 

大学生のとき、世話になった叔母にお菓子に礼状を添えて送った。連絡がない

ので電話を入れると、叔父が出た。

「今ね、海外旅行に行ってんだよ。ああ、お菓子ね。届いたよ。ありがとう。帰

ったら電話させるよ」

そう言って一旦電話を切ろうとしたが、何やら言い忘れたことがあるのか、

一段と声を上げた。

「それにしてもあんたの字はひどいねぇ~。久しぶりにあんな下手くそな字を見たよ。アハッハッ」

前から虫の好かない叔父だったが、この瞬間決定的に嫌いになった。

 

やっぱり書道塾に通えばよかったのだろうか、父の言葉が蘇えり、初めて悔や

まれた。このときから私は字を書くのが苦痛になっていった。

そんな折一人の男性が現れた。彼は恐ろしく字が上手だった。

「字なんて習えばうまくなるもんではないよ。生まれつきのセンスっていうか、

まあ、遺伝的なものが大きいね」

その言葉に、紛れもなく私は母の娘であったことを実感した。母の字も子供の

頃にはわからなかったが、大人になってから見ると、下手としか言いようがない

ものだった。

母の遺伝子を受け継ぎながら、更に左利きから右利きに矯正させられたのだ。

これで字がうまく書けるはずがない。下手なのは私のせいではない。運命だった

のだ。そう思うと気持ちが晴れてきた。

 

誰が運命に逆らえようか。私は恐ろしく字の上手なその男性と結婚した。母が

達筆な父と結婚していたように。そして自分に無いものを補い合うのが夫婦な

のだと知った。

 

かつて父が回覧板のサインから、娘の通信簿の記入まで代筆をしていたよう

に、我が夫も祝儀袋の名入れから国勢調査の記入まで、必要とあれば何でも私に

代わって書いてくれる。

 

せっせと妻の代筆をする夫たちの違いを述べるなら、父は母のおねだりに弱

く、夫は私のおだてに弱い。見方を変えると、字は下手だが、母は甘え上手で、

私は褒め上手ということになる。

 

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