ふっくらほっぺに、くりくりの目。まんまる顔の丸ちゃん——それが幼い頃の我が娘だ。
一人っ子だったせいもあって、
「この子の幸せは、何があっても守る」と、私はひそかに心に誓っていた。
娘が通ったのは、カトリックの女子修道会が運営する小さな幼稚園だった。年少から年長まで各一クラス。全園児を集めても八十人に満たなかった。
毎朝、修道服に白いエプロン姿のシスタークララが、太陽のような笑顔で迎えてくれる。お天気のいい午前中は、園児全員が庭で入り混じって遊ぶのが園の方針だった。のんびりした空気が娘にはぴったりだったのか、毎日ご機嫌で通っていた。
それだけで私は十分幸せだった。
ところがある日、迎えに行くと、いつもなら全速力で駆けてくる娘が、口をとがらせてしょんぼり歩いてくる。
「どうしたの?」
「あのね、すべり台の上にいたら、年長さんのお兄ちゃんたちがきて意地悪したの。首をぎゅ〜って絞めたの」
首を絞めた?
見ると、首筋が赤くなっている。怒りと驚きが胸の奥で一気に沸騰したが、顔には出さない。
「痛かったね。ひどいね。誰がやったの?」
「よしつね君たち」
ヨシツネ……?
あの源義経か? 武勇に優れた美しき英雄。その名を授ければそうなるとでも思ったのだろうか? 名前に罪はないが、何故か腹立たしさが倍増した。許すまじ義経!
「もうすべり台であそべないよ・・・」
「大丈夫よ。すべり台で遊べるようにしてあげるからね」私はにっこり笑って言った。
翌朝、私は黒いパンツに黒いTシャツを着て、ポケットにはサングラスを忍ばせた。真っ黒な細フレームのサングラスで、これをかけると一発で強面に見える代物だった。
園に着くなり娘に聞いた。
「義経君たちはどこ?」
「あそこ」
指差す先は砂場。三人の男の子が小猿のようにキャッキャと遊んでいる。娘をシスターに預け、私はゆっくりとサングラスをかけ砂場へ向かった。開園間際で親の姿はもうない。
「義経一派ってのは、おまえらか?」
ドスの効いた声で言うと、真ん中の子がびくっと震えて振り向いた。美しき英雄とは程遠い、足軽その1といった顔つきだった。
「昨日、すべり台の上で年中の女の子の首を絞めたんだってな。よくもやってくれたな。私はその子のお母さんだよ」
高校時代から演劇好きの私にとって、あの有名なドラマ「ごくせん」の教師のような、凄みのある母親を演じるなど造作もないことだった。
「いいか、二度とやるんじゃねぇぞ。今度やったらただじゃすまさない。シスターにもパパやママにも言いつけて、幼稚園に来られなくしてやるからな。わかったか。返事は?」
三人は首をすくめ、今にも泣き出しそうな声で「はい」と声をそろえた。
仕上げにサングラスを外すし、
「これからは、ずっと見張ってるからな。この顔、よく覚えとけ」
完璧なフィニッシュだった。
それからというもの、私は幼稚園に行くたび義経一派に鋭い視線を飛ばした。彼らは私を見ると、目をそらし、やけに行儀よく振舞った。
しばらくして娘に聞いた。
「義経君たち、まだ意地悪する?」
「ううん。もうそばに来なくなったよ。すべり台、もう一回すべってくるね」
そう言って、娘は嬉しそうに駆けていった。
母が体を張って娘を守ったのは、後にも先にもこの一度きり。娘が大きくなるにつれ三流役者の出番はなくなった。
守るとは、前に立つことだと思っていたが、本当は少しずつ後ろに下がりながら、それでも目を離さないことなのかもしれない。あの時のサングラスは、まだ捨てていない。
※パワハラという言葉も、モンスターペアレントも、クレーマー
もまだ登場していない、長閑に暮らせた頃の話です。

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