堀内法律事務所のブログ「止まり木」にようこそ。

当ブログでは、事務所のスタッフ(+α)が、身近な四季の風景や、思い出の風景、 おすすめの本の紹介などを綴りながら、 ここでちょっと羽休めをしております。

お時間がおありでしたら、止まっていってください。

〔お知らせ〕事務所移転のお知らせ

このたび当事務所は下記に移転致しました。
今後とも倍旧のご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
            堀内法律事務所 所員一同

              記

【住所】 〒102-0093 東京都千代田区平河町1丁目5番13号
                    平河町UTビル5階

       電話 03-3288-4100  FAX 03-3288-4111

       電話番号・FAX番号は変わりません。

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〔ご挨拶〕新年のご挨拶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新年あけましておめでとうございます。

堀内法律事務所は本日(1月6日(月))より業務を開始しております。

本年も何卒よろしくお願い致します。

 

令和2年1月

 

 

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森の散歩

我が家から徒歩十分のところに都立の公園がある。ここはボートに乗ったり、釣りをしたりして楽しむ人口池のエリアと、鬱蒼とした樹木の中を散策できる森のエリアから成り立っている。私が好きなのは森の方だ。

森の入り口には大小二つの沼がある。右側の小さな沼は真ん中あたりに、一本の枯れ枝が突き出している。そこにたまにカワセミがやって来てとまる。水面下に獲物を見つけると、カワセミは電光石火水に飛び込み、瞬時に嘴に咥えて舞い上がってくる。その時広げた羽の翠が海松の水面に映え、眩いばかりの輝きを放つ。小さな沼はこの美しさに魅了され、カワセミが来るのをひたすら待ち焦がれているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

左側の大きな沼は睡蓮の葉で覆いつくされている。破れた葉の間から見え隠れするどんよりしたものは、嘗てここに身を投げたと言われる伝説の輝姫の怨念? なのだろうか。暗く悲しげなこの沼も夏が来て一面に花が咲くと見違えるように明るくなる。

二つの沼を過ぎて、木道をトントンと靴音を響かせながら進んでいくと、樹々の葉が妙に騒がしい場所がある。ドウカエデとハナミズキが並んでいる所だ。おしゃべりな彼女たちは風に吹かれて、朝から晩まで噂ばなしでもちきりだ。
「それで、あなたたちの噂の主は誰なの?」
立ち止まって聞いてみたくなる。秋になり紅葉がはじまると、
今度はお洒落合戦で喧しい。

そして森の中心に来ると、そこには野鳥たちが憩う天然の池がある。池が鏡のように水面に映し出しているのは、高いメタセコイアの木立とその頭上に広がる真っ青な空だ。
その光景から私は目が離せない。その空の更なる上空に、目には見えないけれど、クジラ型の巨大な飛行船が停泊しているように想えるのだ。それは私が描く人生の終焉のイメージを愉快に膨らませてくれる。

この世に別れを告げるときがきたら、私は目いっぱいおしゃれをして飛行船に乗り込んで旅立ちたい。一人ではなく、同じ日に旅立つ人たちと一緒に賑やかに。
飛行船はふんわりふんわり天空を上昇し、次の世界に向かって進んでいくのだ。
補足ながら乗船の際は、メタセコイアの高い樹々が搭乗口へのエレベーターに変わるシステムになっている。
自分の番がいつになるのかはわからない。けれどその時はきっと悲しみも苦しみもないだろう。何故ならメタセコイアの澄み渡った空を見上げる度に、不思議な安堵感と開放感に包まれるからだ。
ところで飛行船の乗客の世話をするのは、誰なのだろうか。それは森に住む野良ネコたちなのではないかと私は夢想する。彼らは乗客を名簿で確認したり、乗船中の諸注意を説明したり、その日は朝からてんてこ舞いだろう。飛行船が空の向こうに消えて見えなくなるまでネコたちの仕事は終わらない。

その日、私はいつものように夕暮れどきに森を散歩した。だがその日は普段とはかなり違っていた。森全体に厳かな余韻が漂い、同時に得も言われぬ喜びに満ちている感じがしたのだ。木洩れ陽もいつにもまして美しかった。

二匹のネコがベンチでくつろいで毛繕いをしていた。私はネコに近づいた。
「今日の業務は全て終了しましたよ」
私を見て茶トラのネコが言った。
「すいませんが明日きてもらえませんか?」
片方のブチネコが毛繕いを止めずに言う。
「あのう……今日は特別なことがあったのですか? いつもと感じが全然違うものですから……」
すると二匹のネコは揃って姿勢を正して、「わかりますか? 本日飛行船であの方が旅立たれたのです」と言った。
「あの方?」
「はい。あの方の旅立ちのお手伝いができるなんて本当に光栄でした」
「あんな方はめったにいらっしゃいませんから……」
二匹のネコは次々にそう言うと嬉しそうにお互い頷きあった。あの方が誰なのか私にはわからないが、きっと素敵ないい生き方をしてきた人なのだろう。
神秘的な雰囲気に浸りながら、私は幸せな気分で散歩を終えた。

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年末年始休業のお知らせ

 

 

 

 

 

 

 

2019年(令和元年)も残すところあと僅かとなりました。

当事務所では下記の期間を年末年始休業とさせていただきます。

年内最終営業日:2019年12月27日(金)
年末年始休業 :2019年12月28日(土)より2019年1月5日(日)まで

新年は1月6日(月)より平常どおり業務を開始いたします。

ご不便をおかけしますが、何卒よろしくお願い致します。

師走を迎え、慌ただしい日々が続きますが、
くれぐれもご自愛のうえ、よいお年をお迎えください。

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順番を待ちながら

予約時間よりかなり早めだったが、外出先から直接歯科医院に直行した。待合室でのんびり待っていたら、静かな空間に、ひたひたと音楽が流れてきた。耳を傾けると、『流転の王妃・最後の皇弟』のメインテーマだった。(平成15年テレビ朝日放映)
葉加瀬太郎作曲の、この哀愁に満ちた曲を聞くと、いつも一枚の絵を思い出す。「ロシアのモナリザ」と称されるクラムスコイの「忘れえぬ女」だ。その時もやっぱり脳裏に浮かんだ。


一人の若く美しい女性が馬車の上から虚ろな眼差しをこちらに向けている。装いから上流階級の女性と思える。その表情は押し寄せる悲しみに茫然としているようにも、じっと耐え忍んでいるようにも見えるが、心の奥には強い意志を秘めているように見える。

 

 

いったい彼女に何があったのか? ずっと謎だったが、順番が来るまで推理してみることにした。先ずは想像で、彼女の動きを映像のように巻き戻してみる。

―馬車から降りて、足早に彼女が建物の中に戻って行く。そしてそこには、男性が一人立ち竦んでいる。精悍な顔立ち、貴族出身の文官のようだ。二人は熱く抱擁を交わす。会話はなく、互いの目には涙が溢れだした。

想像上では別れのシーンだった。これであの絵は別離直後の彼女を描いたものと判明。では愛し合う二人は、何故別れることになったのだろう?

この絵が発表された当時のロシアでは、これはトルストイの「アンナ・カレーニナ」に触発されて描かれたと主張する説が有力で、実際この絵をカバーにして本が出版されたこともあったとか。しかし、私のイメージは違う。トルストイではなく、ドストエフスキーなのだ。

私は連鎖的に彼の『貧しき人々』を思い出した。この本の中にイメージがぴったりな二人がいるからである。『貧しき人々』は、中年の下級役人のマカールと、天涯孤独の娘のワルワーラの往復書簡で、二人は文通で励まし合い、互いの貧しい暮らしを支え合ってきた。

 

若く美しいワルワーラは、聡明で絵の女性にぴったりだが、うだつの上がらないマカールはあまりにチマチマしていて、彼は論外! 彼より彼の若き上司がすばらしい。「閣下」という尊称で呼ばれているその男性は、エリート官僚なのだが、謙虚で温厚な人物だった。ドストは彼の外見の描写に手抜きをしているが、凛々しい閣下がハンサムでないはずがない。

 

ある時、貧困ゆえにミスを犯してしまったマカールを、閣下は叱責するどころか、彼の苦しい事情に理解を示し、その対応は驚くほど思いやりに満ちていた。マカールならずとも私まで大感激してしまった。

前置きが長くなったが、そんなわけで、絵の女性とその恋人のイメージは、ワルワーラとこの閣下なのである。

だが、作中では二人は出会うことなく、貧しさに追い詰められたワルワーラは、俗物的な地主の、ブイコフに嫁いでこの物語は終わる。
二人が巡り会わなければ、私の推理は成立たない。故に文豪には大変申し訳ないが、続編を考えさせていただく。

―ブイコフは地方の裕福な大地主だったが、老人だったので、ワルワーラが嫁いだ直後に亡くなり、彼の豊かな資産と土地はすべて彼女のものとなった。利発な彼女は、それを元手に得意な洋裁と刺繍の大規模な洋装店を開店し、さらにその収益で、広大な所有地に紡績工場までも設置した。数年で莫大な利益を得て、ワルワーラ―は都会の有力者の仲間入りを果たし、貴族の閣下と出会うのである。二人が恋に落ちことは言うまでもない。

イメージの二人がこのとおりなので、絵の二人が相思相愛なのは当然となる。とは言え、依然として別れの理由は謎のままである。

ロシアでは今でもこの絵を『アンナ・カレーニナ』にかぶらせて観る人が多いそうだ。だが私は絵の女性は、不倫の愛に翻弄されたアンナではなく、貧困を乗り越え、自らの力で人生を切り開いた(に違いない)ワルワーラだと思う。絵の表情から感じられる密やかな矜持は、別離の理由がもっと大きな「使命」によるものであることを感じさせるからだ。

では大きな使命とは何か? それは「ロシア革命」ではないかと思う。(そう思いたいのである)そのためには時代を帝政ロシアの末期に進めなければならない。『貧しき人々』が出版されたのは1846年で、革命までには71年もの時の隔たりがある。これをどう推理し、どう想像すれば謎は解けるのだろうか?

絵の女性をワルワーラの孫にしたらどうか? あるいは時空を超えて、ワルワーラをその時代にワープさせる方法もある……革命は彼女と閣下の運命をどう変えていくのか? いよいよ大詰めを迎えたその時、
「お待たせしました! 診察室にお入りください」と、ピンク色のユニフォームの、ふくよかな歯科衛生士が、扉を開けて言った。続きはまた葉加瀬太郎の曲が聞こえてきたときに考えることにしよう。

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麹町グルメ~エリオ・ロカンダ・イタリアーナ~

 

こんにちは。
9月に入っても厳しい残暑が続いていましたが、
ここにきてようやく秋の気配が感じられるようになりました。

食欲の秋、ということで、今回は事務所近隣の麹町グルメをご紹介したいと思います。

今回訪れたのは、
半蔵門駅から徒歩3分ぐらいのところにある
イタリアンの老舗『エリオ・ロカンダ・イタリアーナ』
かわいらしいエントランス。

 

 

 

 

 

 

 

 

何やら素敵な世界に連れて行ってくれそうな、重厚な木製のドアを開けると

店内にはサッカーチーム?のユニフォームでしょうか。

ずらりと飾られていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入店した11時45分頃にはまだ店内は空いていましたが
12時を過ぎる頃には続々とお客さんが入ってきて、あっという間に満席になりました。
近隣のOLさん、ご家族連れやカップルなど様々で、店内はとても活気に溢れていました。女性客が多い印象。
本場イタリアの方でしょうか。外国人スタッフも多くおり、とても気さくに話しかけてくださいます。

今回オーダーしたのは2,500円のランチコース。
最初のお料理は、前菜かパスタから選ぶことができます。
私たちはパスタにしました。
パスタはラザニアとセダニーニ(マカロニ)から選ぶことができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

それぞれ別のお料理をオーダー。
筆者はボロネーゼのラザニア(写真左)にしました。
とても濃厚で美味でした♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォカッチャとリング型のスナック。
フォカッチャは塩加減もGood。オリーブの香りがふんわりとします。

 

 

 

 

 

 

 

 

メインはお肉かお魚が選べます。
霧島豚肩肉のロースト(写真左)、お肉がとてもやわらかくてジューシーでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

デザートまでしっかりいただきました!

店内の雰囲気、お料理の味、スタッフの方のサービス全てが
とても良くまた訪れたいと思いました!

ランチタイムはすぐに満席になってしまうので
予約をしていくことをオススメします。

 

お店HP→http://www.elio.co.jp/restaurant/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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災難

 降って湧いたような災難だった。
 中学時代の仲良し三人組のレイ子とトモ子と私が揃うと今でもすぐその話題になる。
 中学二年の時の、夏の水泳大会の話である。私たちはこともあろうに、大会の花形種目だった「クラス対抗リレー」に出場する羽目になったのである。決して実力があったからではない。
その年はどういうわけか、既に選出されていた正規のメンバー四人のうちの三人が、相次いで病気になったり、怪我をしたりして、出場できなくなってしまったのだ。慌てた担任がいつも三人でつるんでいる私たちに目をつけ、こぞって身代りにしたのである。都合がいいという理由だけで。
 「先生ひどいよね~」
 話題がこのことになると真っ先に私が熱くなる。
 「私は絶対にいやだったから、あの時先生に断りに行ったのよ」
 いくら三人一緒とはいえ、私は自分の犬掻き同然の泳ぎを人前に晒すくらいなら、死んだほうがましだった。友情よりプライドだった。
 放課後、一人で息巻いて抗議にきた私に担任は無気味なくらい優しかった。
「いやな思いをさせてすまなかったな。先生あやまるよ。だけどちょっと考え過ぎじゃないか。リレーのときはみんな興奮しているから、泳ぎ方なんか誰も見てないぞ。すぐに終わってしまうから、頼むよ。出てくれよ」
 妙に納得する言葉だった。
 「あの頃の中学生って。純朴だったのよね。そんな言葉で簡単に説得されちゃうんだから」
トモ子の言うとおりだった。
 かくして水泳大会は瞬く間にやってきて、あっという間にリレーチームの出番となった。
 第一泳者はさすがに正規の選手だけあって、トップで二番手のトモ子に繋いだ。日ごろ真面目で努力家のトモ子は密かに特訓していたのか、予想外の頑張りを見せ、順位をそのまま維持して、第三泳者のレイ子に繋いだ。
 前評判とはあまりに違う展開に、クラスメートたちから大歓声が沸き上がり、待ち構えていたレイ子も怯まず飛び込んだ。が、次の瞬間信じられないことが起こった。
 手足をバタつかせ懸命に泳いでいるつもりだったが、それは誰の目にも溺れているとしか映らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 場内に一瞬緊張が走った。レイ子は学年で一番の美少女だったので、彼女に想いを寄せる男子たちが一斉にプールサイドに駆け寄り、助けようと身構えたそのとき、レイ子はすくっと立ち上がった。
 それからまた瀕死のアヒルのように手足をバタバタさせては沈み、きわどいところで立ち上がった。そうしたことを何度か繰り返した後、最後は堂々と歩いて、アンカーの私のところにやってきた。
 「どうして泳げないのに出場したのよ!」
 思い出すと今さらのように可笑しいやら、口惜しいやらで、レイ子に聞かずにはいられない。
 「私もあのとき泳げないって、先生に言いに行ったのよ。そうしたら『何度立ってもいいから、ただ向う岸に渡ればそれでいいんだ』って先生が言ったのよ。それに『おまえだけに恥はかかせない。残りの二人もおまえと似たり寄ったりの実力だから』とも言ったのよ」
 全くレイ子も純朴すぎる中学生だった。おかげで私は他のチームがすべて泳ぎ終えたプールで、たった一人で泳ぐことになり、死んだほうがましの犬掻きを、全校生徒に披露する羽目になってしまった。挙句の果て、わがチームは開校以来初の「失格」という輝かしい記録を担任に捧げたのである。
 「恥ずかしかったね」
 「もう忘れたいよ」
と、言いながら何年たっても、三人が揃うと、また昨日のことのように思い出して、盛り上がるのである。

テーマ 「水泳大会」

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【本の紹介】『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』

三浦英之著『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』(小学館)

 

 

 

 

 

 

ゾウについて私が知っていることと言えば、かあさんも鼻が長いとか、
まれに耳で空を飛ぶ子ゾウがいるらしいということくらいである。
実物を見たことは数えるほどしかないし、自分が見たゾウがアフリカゾウなのか、それともアジアゾウなのかの区別もつかない。
しかし、いま、アフリカゾウは、私たち日本人が「知らなかった」では済ませられないような危機に瀕している。

アフリカゾウは、密猟によって、あと一世代で滅亡するかもしれないというのだ。

本書は、アフリカゾウの密猟組織に可能な限り近づいた取材に基づくノンフィクションであり、インタビュー対象者への接触方法やインタビューの内容、汚職が蔓延している東アフリカ諸国の実情などは非常にスリリングで読み応えがある。
しかし、それ以上に衝撃的だったのは、私たち日本人が、そうとは知らずにアフリカゾウの滅亡に加担してしまうかもしれないということである。

アフリカゾウの密猟の目的は象牙の密売であり、その主な密輸先は中国、そして日本だという。
日本では、象牙は主として印鑑の材料として用いられており、高級印材として人気がある。印鑑の販売サイト等を見ると、そこで売られている象牙の印鑑は、ワシントン条約で象牙の国際取引が禁止される以前に日本に入ってきた象牙を加工したものであり問題はないなどとされている。
しかし、密輸された象牙がそのような正規品として流通してしまうことは想像に難くない。正規品が存在するという状況がかえって密輸品を流通させてしまうということにもなり得る。
したがって、象牙の消費国が国内での取引を禁止しない限り、アフリカゾウの密猟は無くならないことから、国際社会では象牙の取引を禁止する流れが主流になっている。この流れの中で、象牙の最大の消費国であった中国は、2016年に国内取引禁止を決めた。このままでは日本が唯一の象牙の消費国になる可能性がある。

*参考映像:WILDAID Japan Ivory
https://www.youtube.com/watch?v=yw6OQD91EVg

一度滅亡してしまった動物を復活させることは出来ない。
一方で印鑑は象牙でなくても作ることが出来る。
象牙の消費は、アフリカゾウを地球上から滅亡させるリスクを生じさせてまで維持する必要があるだろうか。

象牙の密輸はテロ組織の資金源にもなっているという。
2015年にケニアの大学で起きた大規模なテロ事件(学生ら140人余りが殺害された)の生存者である青年は、著者にこう言った。
「日本人は象牙を買いますか?」

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魅力的な海の生き物たち

早いもので、令和元年を迎えて1ヶ月、2019年も半分が過ぎようとしています。

昨年は記録的な猛暑となりましたが、今年はどうなるでしょうか。

暑い夏を迎える前に少し涼しげな写真をお届けしたいと思います。

先日、千葉県鴨川市の鴨川シーワールドへ行きました。

鴨川シーワールドは、房総半島の外房に位置し、眼前には雄大な太平洋が広がる、千葉県が誇る水族館です。

なぜ、鴨川シーワールドに行こうと思い立ったかというと、昨年NHKで放送された知床のシャチの生態と特集した番組を見て、シャチの知能の高さと力強さに驚かされたからです。

日本で実物のシャチを見ることができる水族館は、ここと名古屋港水族館の2カ所だけだそうです。

 

シャチは専用のプールで泳いでおり自由に鑑賞できます。

また、1日に数回、そのプールで行われるパフォーマンスショーを見ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

↑休憩中のシャチ。

鴨川シーワールドのシャチは、人間の飼育下にあっても、プールで泳ぐ姿は堂々とした海の王者の貫禄がありました。

シャチのショーでは、シャチが客席に水しぶきを豪快に浴びせるパフォーマンスがあるため、前から8列目あたりまではカッパが必須です。

筆者は安全地帯の後方の席で静かに鑑賞しました。が、濡れる覚悟で前方の席で鑑賞すれば迫力あるシャチのパフォーマンスを間近でみることができます。

但し、靴の中まで水浸しになります…(笑)

シャチはとても知能が高く、家族単位で助け合いながら生活しているそうです。

ただ、野生のシャチの生態はまだ解明されていない部分も多くあり、とても神秘的な魅力があります。

 

 

シャチの他にもたくさんのお魚を見ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

↑ベルーガ。シャチと同じ哺乳類でおでこのコブが特徴的です。

ベルーガ独特のコミュニケーションの様子(エコーロケーション)などもショーでみることができとても面白いです。

 

その他にも水槽にたくさんのお魚がいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↑ファインディング・ニモで有名なカクレクマノミ。
イソギンチャクと共生します。

 

他にもたくさんのお魚たちを見ることができます。

都心から車で約2時間。

心身のリフレッシュがてら行かれてみてはいかがでしょうか?

 

(以下、鴨川市のホームページより抜粋)

鴨川シーワールドでは、「海の世界との出会い」をコンセプトにした、生命の大切さとふれあいのすばらしさを感じ、楽しく学ぶことのできる日本を代表する水族館です。

海の王者シャチをはじめ、ベルーガやイルカ、アシカのパフォーマンスのほか、自然環境を再現した展示を通して800種11,000点の川や海の動物たちに出会うことができます。

 

 

 

鴨川シーワールドホームページ

http://www.kamogawa-seaworld.jp/index.html

 

 

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父の朝食

 

 

 

 

 

 

子供の頃家中に漂うコーヒーの香りで目が覚めた。

早起きの父が手動のミルと
サイフォンを使って、毎朝欠かさずコーヒーを淹れていたからだ。

 

「これを飲まないと一日が始まらないからね」
父はいつもそう言っていた。
コーヒーをおいしく味わうために、それに合う朝食も父が調える。

 

 

 

 

 

テーブルの中央に透明な蓋のついた黄色の食パンケースが置かれ、その周りには、瓶の小岩井のバター、雪印の北海道チーズ、いつも繁華街の明治屋で買ってきたジャムやアメリカ製のピーナッツバターなどが並ぶ。

出窓の棚ではポップアップトースターが食パンを待ち構え、その横の真空管のラジオから軽音楽が流れだしている。花の模様のついた魔法瓶もお湯をたっぷり湛えてテーブルの端でぴったりスタンバイ。

 

壁の柱時計が7時を告げかかる頃、季節の野菜や果物をテーブルに載せ、ゆで卵器から家族分のゆで卵をとりだすと、支度は完了。
父親が用意するこんな朝食を当たり前のように家族で食べていたが、昭和四十年前後の北陸地方では稀な光景だったかもしれない。

時代は昭和から平成となり、さらに令和になろうとしているが我が家の朝食は、あの頃父が用意してくれたものと変わりがない。

大きく違うのは、コーヒーが紅茶に変わったことである。
毎朝アッサムのミルクティーを飲まずには私の一日は、スタートしないのである。

 

いよいよ令和時代到来です。

新しい時代がみなさまにとって
いい時代でありますように。

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