堀内法律事務所のブログ「止まり木」にようこそ。

当ブログでは、事務所のスタッフ(+α)が、身近な四季の風景や、思い出の風景、 おすすめの本の紹介などを綴りながら、 ここでちょっと羽休めをしております。

お時間がおありでしたら、止まっていってください。

あんこ党

「洋菓子と和菓子、どちらが好き?」と聞かれたら、私は瞬時に答えます。
「和菓子です!」
なぜなら、私は筋金入りのあんこ党だからです。クリスマスのケーキに心が揺れることはあっても、最終的に帰る場所はいつだってあんこなのです。

私の一年は、あんことともに巡っていきます。と言うと、少し大げさですが、まあ、そんな感じです。

春は二月、まだ寒さの残る頃。近所の和菓子屋さんに鶯餅が並ぶと、嬉しくてすぐ買ってしまいます。
薄くて柔らかな餅が、上品な甘さのこしあんをやんわり包み込み、その上から黄緑色のきな粉がふんわり。ひと口食べれば、三位一体の味が口の中でとろけ出し、これはもう、「ホーホケキョウ!」
まるで森の中で初音を聞いた気分です。

でも鶯餅には、一つだけ難点があります。きな粉が必ずこぼれるのです。これを見逃さなかったのが俳人の山口青邨先生。
「うつくしき人鴬餅の黄粉こぼす」って詠まれています。
……青邨先生、うつくしくても、うつくしくなくても、こぼれるものはこぼれます。鶯餅の宿命なのですから。

 

桜が咲けば、いよいよ桜餅。

 

塩漬けの桜の葉に包まれた、ほんのり桜色の餅で、中にはまろやかなこしあん。葉の香り、甘さ、塩気が絶妙に溶け合い、春の浮き立つ気分をさらに盛り上げてくれます。道明寺か長命寺かと問われれば、私は迷わず長命寺派

またまた青邨先生の句に、
「美しき人美しく老い桜餅」
と、いうのがあります。桜餅を味わう美しい老婦人の姿に、春を慈しむ奥ゆかしさが重なり、先生が思わず見惚れてしまったという句なのでしょうか。

試しにこの句の「桜餅」を「豆大福」や「栗最中」に置き換えてみると……あれ? 美しい老婦人が消えました!
これぞ、桜餅が桜餅たる所以。春を代表する和菓子の実力です。

初夏、ゴールデンウィークが近づくと柏餅の出番となります。
端午の節句に欠かせない柏餅は、厚みのある餅があんこをがっしり取り込んで丸められ、さらにそれを柏の葉で巻いた存在感のある和菓子です。つぶあんも、こしあんもありますが、私のお気に入りは、蓬を練りこんだ餅と粒あんの組み合わせです。これがサイコーです。

柏の葉には保湿性や殺菌作用があり、餅を守る優秀な名脇役です。食べ終わればただのお飾りとして忘れられがちですが、山口誓子の句に、
「葉脈の美よ柏餅食べ終わる」
とあり、葉脈の美しさまで味わい尽くすべし! と教えられました。

 

夏が来れば冷たい水羊羹です。これはもちろん、こしあん一択!

夏バテでぐったりしていても、水羊羹をひと口食べれば、細胞が「生き返った!」とはしゃぎ出します。葛桜、水饅頭も仲間入りして、夏のあんこ一族は天下無双です。

 

 

夏が往き、秋が訪れるとおはぎの季節到来です。正岡子規も

「餅の名や秋の彼岸は萩にこそ」
と、詠みました。
おはぎの場合は、つぶあんもこしあんも私は分け隔てなく愛しますが、最高峰はあの京都「仙太郎」のおはぎです。なめらかなこしあんを青じそ入りのもち米に閉じ込め、それに黒豆の香ばしいきなこをまぶした逸品。どの支店でも行列ができるのが納得の「うっとりおはぎ」です。

 

 

冬は何と言ってもお汁粉です。焼いた餅につぶあんの汁がたっぷり注がれた田舎汁粉に惹かれます。寒い日、つらい日、どんな日でも、お汁粉は温かく寄り添い、心を癒してくれます・・・たぶんお汁粉は親友でしょう。

 

 

 

 最後はおまけのたい焼きです。女流俳人の飯島晴子の句に
「鯛焼の頭は君にわれは尾を」があります。

熱々のたい焼きを半分こして、いつもあんこの多い頭を渡してくれたのは、亡きご主人。この句に胸がじんわり温かくなります。
……そうなると、無性にたい焼きが食べたくなります。しっぽまであんこがぎっしりで、表面がパリパリなのが私の好みです。

 

 

こうして私の一年はあんことともに過ぎていきます。ここでお伝えしておきますが、私は季節の和菓子だけでなく、豆大福、饅頭、きんつば、最中、どら焼き、羊羹等の定番の和菓子も全て好物です。

私に生涯生きる喜びを与え続けてくれる強い味方、それがあんこなのです。

 

 

 

 

 

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年始のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。

堀内法律事務所は1月5日(月)より業務を開始しております。

本年も何卒よろしくお願い致します。

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年末年始休業のお知らせ

早いもので今年も残りわずかとなりました。

当事務所では下記の期間を年末年始休業とさせていただきます。

年内最終営業日:2025年12月26日(金)
年末年始休業 :2025年12月27日(土)より2026年1月4日(日)まで

新年は1月5日(月)より平常どおり業務を開始いたします。

くれぐれもご自愛のうえ、よいお年をお迎えください。

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習うより……

小さい頃から私は字を書くのが下手だった。

「こんなに下手なのは、左利きなのを無理やり右利きにしたからかしら……」

と、母は私の字を見るたびにため息をついた。

見兼ねた父が、私を書道塾へ連れていった。小雨の降る日曜日だった。

 

古びた家の、二間続きの和室が教室だった。細長い座り机が中央を開けて、左

右に前後六台ずつ並べてあり、一年生から六年生までの見知らぬ小学生が黙々

と字を書いていた。それは時代劇で見る「寺子屋」の光景にそっくりだった。

前方の床の間の近くに、大きな机が置かれ、厳めしい顔をした老人が、子供た

ちの書いた字に朱を入れていた。その厳めしい顔の老人が、厳めしい表情のまま、

「最初だからね、これをお手本にしなさい」と、「一」と「山」と「川」の字を

書いて渡した。四年生の私に。

 

部屋中に立ち込める墨の臭い、見知らぬわらしたち、古臭いじいさん先生、何

もかも馴染めなかった。寺小屋なんて真っ平だった。

 

「書道塾にはいかない! 何で字を習わなきゃならないの」

「きれいな字が書けるようになるためだよ。字がきれいじゃないと、大人になっ

て苦労するよ」父がなだめるように言った。

「それなら大丈夫だよ。お父さん。大人になったら手も大人になるんだよ。大人

の手で書くんだから、字だってちゃんとした大人の字になるもん!」

父は私の顔をまじまじと見つめ、大きくため息をついた。

 

時が流れ私は大人になった。手も確かに大人になった。だが当然私の字に変化

は起きなかった。

 

大学生のとき、世話になった叔母にお菓子に礼状を添えて送った。連絡がない

ので電話を入れると、叔父が出た。

「今ね、海外旅行に行ってんだよ。ああ、お菓子ね。届いたよ。ありがとう。帰

ったら電話させるよ」

そう言って一旦電話を切ろうとしたが、何やら言い忘れたことがあるのか、

一段と声を上げた。

「それにしてもあんたの字はひどいねぇ~。久しぶりにあんな下手くそな字を見たよ。アハッハッ」

前から虫の好かない叔父だったが、この瞬間決定的に嫌いになった。

 

やっぱり書道塾に通えばよかったのだろうか、父の言葉が蘇えり、初めて悔や

まれた。このときから私は字を書くのが苦痛になっていった。

そんな折一人の男性が現れた。彼は恐ろしく字が上手だった。

「字なんて習えばうまくなるもんではないよ。生まれつきのセンスっていうか、

まあ、遺伝的なものが大きいね」

その言葉に、紛れもなく私は母の娘であったことを実感した。母の字も子供の

頃にはわからなかったが、大人になってから見ると、下手としか言いようがない

ものだった。

母の遺伝子を受け継ぎながら、更に左利きから右利きに矯正させられたのだ。

これで字がうまく書けるはずがない。下手なのは私のせいではない。運命だった

のだ。そう思うと気持ちが晴れてきた。

 

誰が運命に逆らえようか。私は恐ろしく字の上手なその男性と結婚した。母が

達筆な父と結婚していたように。そして自分に無いものを補い合うのが夫婦な

のだと知った。

 

かつて父が回覧板のサインから、娘の通信簿の記入まで代筆をしていたよう

に、我が夫も祝儀袋の名入れから国勢調査の記入まで、必要とあれば何でも私に

代わって書いてくれる。

 

せっせと妻の代筆をする夫たちの違いを述べるなら、父は母のおねだりに弱

く、夫は私のおだてに弱い。見方を変えると、字は下手だが、母は甘え上手で、

私は褒め上手ということになる。

 

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夏季休業のお知らせ

当事務所は、2025年8月12日(火)より8月15日(金)まで
夏季休業とさせていただきます。
8月18日(月)より平常どおり業務を開始いたします。
連日暑い日が続きますが、ご体調を崩されませんようご自愛くださいませ。

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グルメ 〜赤坂 維新號 本店〜

初夏の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。

本日は久しぶりに「グルメ」をご紹介したいと思います!

今回訪れたのはこちら。永田町駅から徒歩7分の場所にある 「赤坂 維新號 本店」 です。

維新號はホテルニューオータニのすぐ近くにあります。大きな窓から見える景色を眺めながら美味しいお食事を楽しむことができます。都心とは思えないほどゆったりとした時間を過ごすことができます。

スタッフがいただいたのはこちらの飲茶セットです。

蒸し点心や揚げ点心がとても美味しく、思わずほっぺたが落ちそうでした(^^)

この日はスタッフ2名が炒飯を、1名が五目焼きそばを注文。

サラダや点心ですでに満腹気味でしたが、どれも美味しくて、ペロリと完食してしまいました。

 

そして、最後は抹茶プリンで締めくくり。

お茶とお喋りを楽しみながらいただく抹茶プリンは、格別の美味しさでした。

どのお料理もとても美味しく、大満足のランチとなりました。

ごちそうさまでした!

美味しいお食事でエネルギーをチャージできたおかげで、このあとの仕事にも集中して取り組むことができました。

お近くにお越しの際は、ぜひ足を運んでみてくださいね。

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雪国富山の春

雪国富山の春
                

 10歳の時に(昭和32年頃)富山で1年間暮らした宮本輝は、自伝エッセイで、富山の雪を「鉛色の雪」と表現しているが、富山生まれの私は言い得て妙だと感心する。昭和30年代当時の冬の日々を思い出すと、重い雪の檻に閉じ込められているようだった。
だが、そんな雪国でも季節は巡る。眩い光が厚い雲を蹴散らし、鉛色を溶かすと、雪を頂いた紺碧の立山連峰が全貌を現す。富山の春の始まりである。
幼かった頃、春が来てまず嬉しかったのはスカートがはけることだった。冬はズボンしかはかせてもらえなかったので、スカートの裾がひらひらと揺れるのが嬉しくてならなかった。

次に嬉しかったのは、冬期休業をしていた紙芝居屋さんの商売再開だった。カチカチという拍子木の音が聞こえだすと、近所中の子供たちが10円玉や5円玉を握りしめて、田んぼの中の公園に走った。公園といっても空き地に滑り台とブランコがあるだけだったが、その中央に紙芝居屋さんの自転車が止まっていた。見物料の10円を払うと、おじさんが名刺より少し小さいサイズの羅臼昆布をくれた。それをしゃぶリながら紙芝居を楽しむのである。何と健康的なおやつであったこと! 
昆布は10円と5円の二種類があり、5円の子はハーフサイズの昆布をもらい、10円の子の後ろで見なければならなかった。だから5円のときは悲しかった。私のお気に入りは、『赤胴鈴之助』だった。

嬉しいことはまだまだあった。土手にはよもぎが所狭しと生えていた。よもぎを籠いっぱいに摘んで母に渡すと、よもぎ餅を作ってくれた。あんこがずっしり入ったよもぎ餅は春のご馳走だった。

生のほたるいかと白エビのかき揚げで一杯やるのも富山県人の春の楽しみではあるが、それがわかるのはまだだいぶ先のことであった。

春といえば何といっても桜、そして桜といえばお花見だ。お花見は家族だけで行くのではなく、まるで落語の「長屋の花見」のように町内全員で出かけた。桜の名所で茣蓙を引いて、満開の桜を見ながらみんなで食べるお弁当の、黒とろろ昆布のおにぎりは忘れられない。行楽時でも、遠足でも、運動会でも、おにぎりは海苔ではなく、黒とろろ昆布というのが富山の特徴だ。

この他にも蒲鉾や餅にも使って、富山県人はせっせと昆布を食している。しかし昆布は富山産ではない。これが不思議でちょっと調べてみた。 

時代は江戸時代の半ばに遡る。その頃日本海で船を使った交易が盛んとなり、北前船と呼ばれる船が大阪と蝦夷地の間を往来していた。富山の港はその寄港地の一つで、ここで米や酒や薬などを仕入れつつ、昆布を売りさばいた。それが大量だったので、富山藩全域にもたらされるようになったという。

さらに明治時代になると、多くの人々が富山から北海道に開拓民として移住し、昆布漁に従事して、大量の昆布を故郷に送り続けた。北前船と開拓民たちによって、富山に昆布の食文化が形成され、その消費量が全国1位の輝かしい記録を、今もなお継続しているという訳である。

 話がすっかりそれてしまったが、春の喜びのフィナーレは「チンドンコンクール」だった。

あの当時、町に新しい店が開店すると、チンドン屋さんと呼ばれる広告宣伝業の音楽隊が、派手な身なりで三味線や鉦、クラリネットなどを鳴らし、店のビラを配りながら町中を練り歩いた。その独特な演奏が聞こえてくると私は後を追いかけたいほどウキウキした。

何故か知らないが、富山はチンドン屋さんのメッカで、そのコンクールが年に一度、富山で行われていた。桜が開花する4月、日本全国から集まったチンドン屋さんが市内の目抜き通りをコンクール会場の城址公園までパレードするのだ。それぞれが普段以上に目を引く衣装を身に纏い、思い思いのパフォーマンスを繰り広げながら進んで行くのを、子供も大人も久しぶりの大笑いで楽しんだ。冬の名残の閉塞感を一気に吹き飛ばすような笑いだった。(これは2025年の現在でも続いている)

昔の春の楽しみを徒然に綴ってみたが、何とささやかなことか。暖冬となり、もう富山は厳しい雪国ではなくなった。現代の県民の人たちにはわかってもらえないかもしれないが、長い冬から解放され、春を迎えられたというだけで感じる高揚感を、私は今でも春になると思い出すのである。

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年始のご挨拶

 

 

 

 

 

新年あけましておめでとうございます。

堀内法律事務所は本日(1月6日(月))より業務を開始しております。

本年も何卒よろしくお願い致します。

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年末年始休業のお知らせ

早いもので今年も残りわずかとなりました。

当事務所では下記の期間を年末年始休業とさせていただきます。

年内最終営業日:2024年12月27日(金)
年末年始休業 :2024年12月28日(土)より2025年1月5日(日)まで

新年は1月6日(月)より平常どおり業務を開始いたします。

くれぐれもご自愛のうえ、よいお年をお迎えください。

Common kingfisher perched on a snow in winter, UK.

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きみちゃんのお弁当

三越の包装紙に包まれたアルミのお弁当箱を開けると、ふっくらとした白いご飯の横に分厚い卵焼き、塩鮭、赤い煮豆、そしてシャキッとした白菜のおしんこが並んでいる。これを作ってくれたのは、「きみちゃん」と呼ばれていたお手伝いさんだった。

時代は昭和四十年代。私は高校一年生だった。その年、父の三度目の転勤が急に決まり、学期半ばで一人仙台に残ることになった。私を二ヶ月間預かってくれたのは、父の知人で小さな会社を営む佐藤辰蔵さん一家だった。洋風の古びた家に、佐藤さん夫婦と、私と同じ高校に通う一年先輩の瑠美子さん、小学生の憲太君、そして月曜から金曜まで住み込みの「きみちゃん」が暮らしていた。

きみちゃんは無口で、日焼けした肌に白髪混じりの長い髪を後ろで束ね、黙々と働いていた。料理好きで、気づくといつも台所に立っていた。時々思い出し笑いでもしているのか、一人でにやにや笑っていることがあったが、笑うとどっきりするほど老けて見えた。剥き出しになった上の歯茎に一本も歯がなかったからだ。

さて、そんなきみちゃんの二日目のお弁当は、卵焼き、塩鮭、煮豆、白菜のおしんこ…まさかの前日と全く同じメニューだった。私は驚きすぎて、すぐには食べる気になれなかった。

さすがに三日目も同じなんてことはないだろうと思ったが、学校に着くや否やお弁当箱を開けてみた。手渡してくれたとき、心なしかきみちゃんがにやりと笑ったように思えたのだ。案の定、レギュラーの四品が定位置に並んでいた。

「三日も同じなんてあり得ない!」と心の中で叫んで、私はお弁当を机の奥へと押し込んだ。
なぜ料理上手なきみちゃんがこんなことをするのだろう。売店で買ったパンをかじりながら私は思いを巡らせた。そんな中、ふと気づいたことがあった。佐藤家に来た最初の日、こまっしゃくれた憲太君がいきなり「きみちゃんは何歳だと思う?」と聞いてきたのだ。化粧もせず、萎びた乾燥芋のようなきみちゃんの年齢なんて、正直見当もつかなかった。
「もう八十歳なんだよ」
憲太君はニヤニヤしながら言った。お茶を注いでいたきみちゃんも、どこか面白そうに聞いていた。驚いた私はつい、
「嘘でしょ! もっと若いよね」
「六十歳ぐらい?」
と、口走ってしまったが、これが運の尽きだった。

後で聞いた話では、きみちゃんの実際の年齢は四十代後半だったらしい。その時、きみちゃんの顔が引きつり、周囲の空気が一瞬で凍りづいたのをはっきり思い出した。彼女の目がギラリと私を睨んだのも。

四日目のお弁当はもはや開けてみるまでもなかった。これは明らかに仕返しだとわかったからだ。

帰り道、広瀬川にお弁当の中身をそっと流しながら、私は「いかなる場合でも、女性に年齢のことを言うのは絶対に避けるべきだ」という人生の教訓を得た。

家に戻り、小さな声できみちゃんに「お弁当はもういりません」と告げると、彼女は歯茎をむき出しにして、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。

それから一年後、驚くべきニュースが舞い込んできた。きみちゃんは、佐藤家以外にも週末に通いで行っていたT大学の教授と結婚し、なんと教授夫人になったというのだ。純情な高校生だった私には怪奇現象としか思えなかった。

(写真は本文とは関係ありません)

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