堀内法律事務所のブログ「止まり木」にようこそ。

当ブログでは、事務所のスタッフ(+α)が、身近な四季の風景や、思い出の風景、 おすすめの本の紹介などを綴りながら、 ここでちょっと羽休めをしております。

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金字塔

金字塔

休日昼下がり、ソファで寛いでいる夫に話しかける。

「ねえねえ、ときどき昔のモノクロの映画が観たくなるんだけど、あなたはそんなことはない? 素晴らしい作品がたくさんあるじゃない。チャップリンの映画とか、『カサブランカ』とか、それから『十二人の怒れる男』とか、名作揃いよ。中でも『ローマの休日』は最高! 何度観たかな? 何度観ても観飽きることがないわ。

今年も春が来たから、この間また観たんだけど、やっぱりよかったわ~。金字塔って言われてるわけよ。

主演のオードリー・ヘップバーンは、あなたも好きでしょう。いつ観ても可愛くて、ノーブルで眩しいくらい輝いているわ。野球選手で言うなら、大谷翔平君ね。

そして相手役のグレゴリー・ペックがはまり役。長身で、知的で、ユーモアに富み、さらにこの上ないハンサムときてるんだもん。言うことないわ。

こんな二人だからローマのどこの風景も似合ってる。どのシーンも忘れ難いけど、この映画を不朽の名作にしたのは、やっぱり最後の記者会見のシーンだと思う。ねえ、さっきから生返事ばかりしてるけど、ええっ、そんなに熱心に観たことないから、わかんないですって、じゃあ、これから解説してあげるからよく聞いて。

その前にちょっとおさらいね。アン王女と新聞記者のジョーは互いの身分を隠し、パンピーの『アーニャとジョー』として半日ローマ観光するんだけど、いつしか魅かれあうようになるの。それは覚えている?

最後に船上パーティーに参加していた時、王女を探しに来たエージェントと大騒ぎとなり、二人は川にドボン! ジョーのアパートで、衣服を乾かしながら楽しく語り合っていると、王女の病状を国民が心配しているとの野暮なニュースが流れてくるのよ。あ~あ、こんないいときに! と思ったわ。

即座にラジオを消して、二人はどちらともなく熱い抱擁を交わすんだけど、恋の終わりが近づいていることを感じずにはいられなかったのね。

責任感の強い王女は、身を引き裂くようにジョーのもとから去り、残されたジョーは王女の世紀のスクープを記事にしないと決意するの。愛する人の生涯一度のアドベンチャーを世間に晒さず、二人だけの思い出にしようとしたのね。胸が熱くなるわ~。

さあ、お待たせ。ここからが記者会見のシーンよ。

会場はコロンナ宮殿の大広間。大勢の報道陣と共にジョーとアービングが緊張の面持ちで待っていると、王女が登場してくるの。アービングって誰か? ですって、ほら、二人のローマ観光に同行して、ライター型のカメラで隠し撮りをしていたカメラマンよ。彼も王女との友情を裏切れず、スクープを諦めたの。結構いい人ね。

彼らの目の前に現れたのは、昨日の無邪気で愛らしい女性ではなく、高貴で毅然とした美しい王女だったの。

王女はにこやかな表情で記者たちを見回すんだけど、一瞬凍りつくの。だってジョーたちがいたから。

どうしてここに? 驚きで表情が陰るの。でもすぐ視線を逸らして、勧められた椅子に腰かけるんだけど、またすぐにジョーを見つめるの。きっと不安でたまらなかったのね。彼は私を騙していたのだろうか? 昨日の熱い抱擁も偽りだったの? 疑いと同時にそれを打ち消したい想いが心の中で広がっていたのね。周囲に悟られないように、必死に平静を装って王女が記者たちの質問に答えていると、一人の記者が

『国家間の親善関係の前途をどうお考えですか?』と質問すると、

『永続を信じます』と、ここまでは打ち合わせどおりの答えなんだけど、そのあとジョーを見ながら『人と人の間の友情を信じるように』と付け加えるの。王女の心の声は『あなたは私を絶対に裏切らないわよね』と言ったのよ。すると、そんな王女の不安を察して、

『私の通信社を代表して申しますが、王女のご信念が裏切られぬことを信じます』とジョーがすぐさま答えるの。

この二人のやり取りの真の意味を他の記者たちはわからないと思うんだけど、ここは二人の愛情の確認なの。

『それで安心しました』そう言ったあとの王女の表情を見逃しちゃだめよ! 陽が差し込むようにみるみる喜びに変わっていくから。

もう二度と会えないと思っていた愛しい人が同じ場所で、同じ空気を吸っている。二人は一心に見つめ合うの、この時間を計ったら十八秒だったわ。十八秒が永遠の時間になる二人だけの世界よ。あの泉鏡花の『外科室』の有名なセリフでいうなら、『あたかも二人の身辺には、天なく、地なく、社会なく、全く人なきがごとくなりし』なのよ!

でも水を差すように、また別の記者が問いかけるの。

『どこの都市が一番お気に召しましたか?』

質問に答えようとせず、ただうっとりジョーを見つめている王女に見かねて、大使が耳元で、

『どこにもそれぞれよいところがあり・・・』と打ち合わせておいた答えの出だしを囁くの。王女は正面を見て、はじめは決められた通りに言おうとするんだけど、途中からまたジョーを見つめ、

『ローマです! なんといってもローマです。私はこの地を訪れた思い出を、命のある限りいつまでも懐かしむでしょう』と言い切るの。

この意味わかる? 『生涯あなたを忘れません』ということ。彼に向けた愛の告白なのよ。素敵でしょう~。 次に写真撮影があって、記者会見はそれで終了のはずだったんだけど、王女が、

『では、報道関係の皆様方と少しお近づきになりたいと思います』と予定外の行動に出るの。ただただジョーの側に行きたいという女心からよ。愛らしいわね。

記者たちと順々に握手を交わし合って、ついに十一番目のジョーの番になるんだけど。ここでの二人の表情に注目よ! 嬉しさと懐かしさが滲みでた笑顔を浮かべるの。

『アメリカン・ニューズ・サービスのジョーブラッドレーです』と彼が言うと、

『とても嬉しく思います・ブラッドレーさん』と王女は彼にだけは名前を言うのよ。彼がどれだけ特別かわかるでしょう。ここで時を止めてあげたい!

記者たちとの交流を終え、後ろ髪を引かれるように壇上に戻った王女は万感の想いを込めて、ジョーに笑いかけ、その目には涙が光っているの。ジョーも目を潤ませながらそれに応えて頷き、二人はじっと見つめ合うの。夢の刹那よ。

この時のジョーの気持ちはどんなのだろう? 『よく頑張ったね!』ってことかしら、それとも『僕も生きている限りあなたを忘れません』な~んて感じかな? でも言葉はいらないわね。台詞がないからこそいっそう二人の想いが感じられるもの。もうため息しかないわ!

王女が去って一人残されたジョーは、余韻に浸ったまま王女が消えた先を見続けているんだけど、やがて歩き始め、もう一度振り返るの。数えてみたらちょうど六十歩目だったわ。王女が再び現れるのではないかと思ったのかな? 惜別の情ね。諦められるはずがないわ。そんな彼の想いがひしひしと伝わってくるところで、ジ・エンド! こんなに切なく美しい別れってあるかしら、素晴らしいシーンだったでしょ。永遠のロマンスよ。ねえ、聞いてる?」

 

と、夫を見たら、ロマンスなど何処へやら、長閑に眠りこけていた。

 

                                テーマ「別れ」

 

 

 

 

 

 

 

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